セラピストにむけた情報発信


  オプティックフローの有用利用は学習の産物:
Perceptual attunemen




2008年2月1日
 オプティックフロー(Optic flow:光流と訳されることもあります)とは,身体または物体の動きによって網膜上に生じる規則的かつ光学的な変化のパターンを指します.日常行為を正しくする上で極めて重要な知覚情報であることがわかっています.

 ここでは,日常行為の中でオプティックフローを正しく利用するためには,その行為にある程度熟達しなくてはならない,という考え方をご紹介いたします.このような考え方を,英語ではPerceptual attunementといいます.
 attunementは調節,調律という意味です.Perceptual attunementは,「知覚された情報を運動の中で正しく利用するために必要な調節過程」のことを意味しています.

 この10年で,Perceptual attunementが実際に起こっていることを示す行動学的(心理学的)な論文が随分出てきました.これらの論文は数式も多く,専門的な知識がなければ非常に難解な印象を与えます.しかし数式を読み飛ばして,Perceptual attunementの概念だけに着目すると,この概念はリハビリテーションにも大変示唆的だと感じます.(Fajen &Devaney 2006はこの概念をわかりやすく説明する論文としてお勧めです.)

 オプティックフローは,身体または物体の動きによって身体と環境の時空間的な関係が変化すると,その変化に応じて規則的に変化します.この変化の情報は,自分が移動している方向や,自分と物体との距離,自分がその物体に到達する時間などを同定するために利用されています.

 オプティックフローの考え方が脚光を浴びた初期の研究は,”ヒトは誰でもオプティックフローの情報を正しく利用できる”ということを示すものがほとんどでした.その結果,私を含めて,「ヒトはどんなに新規性の高い課題であっても正しくオプティックフローを利用できる」と理解する人も少なくありませんでした.

 しかし実際には,オプティックフローを個々の身体運動で正しく利用するためには,その運動を一定量遂行し,運動とオプティックフローを関係づけていく過程,調律していく過程が必要なのです.

 例えば野球のバッティングのように,向かってくるボールに対して正しくタイミングを合わせてボールを打つ課題の場合,ボールの拡大率といった光学的情報を利用する必要があります.しかし少し難しい(新規性の高い)状況でこのバッティング課題をおこなうと,実験参加者がこの光学的情報を利用できるようになるまで,一定の練習期間が必要なことがわかりました (Smith et al. 2001).

 これらの発見は,リハビリテーションに対しても示唆的です.

 加齢や疾患によって身体の動きが拘束されると,わずかな段差に簡単にひっかかるようになるなど,身体と環境の空間的な関係は劇的に変化します.変化した空間関係の中でオプティックフローを利用するためには,一定の調整期間が必要だということです.よって,リハビリテーションの中でADL動作を再学習していく過程は,運動スキルの観点だけでなく,知覚的な観点からも重要な過程と言えます.

 Perceptual attunementの観点に立つと,日常空間を反映した訓練室でのADL動作が有効ということになります.このような考え方は,セラピストの皆様の経験的な知識からみて,どの程度正しいと感じるでしょうか?議論の材料にお役立ていただければ,望外の喜びです.

引用文献
Fajen BR, Devaney MC. Learning to control collisions: the role of perceptual attunement and action boundaries. J Exp Psychol Hum Percept Perform 2006; 32: 300-313

Smith MR, Flach JM, Dittman SM, Stanard T. Monocular optical constraints on collision control. J Exp Psychol Hum Percept Perform 2001; 27: 395-410

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